インドネシアコーヒー豆紀行2008年
インドネシアーマンデリンの旅
2008年1月26日から30日まで、インドネシアのスマトラ島に
マンデリンの産地を訪ねてきました。
その1
インドネシアに行ってきました。
2008年1月26日土曜日成田空港から出発です。
今回の出張の目的は、産地見学です。
インドネシアのスマトラ島で出来る「マンデリン」の産地を訪ねます。
世界でも特異な香味のマンデリンがどうやって出来ているのか?
これが最大の興味です。
日程を見てみるとこれがなんとハードです。
見ているだけでハードですから、実際はもっとハードなことが
予想されます。
期間は1月26日土曜日から30日水曜日ですが、最終日は朝7:20に
成田空港に到着ですから、実質4日間です。それも最終日は飛行機泊です。
これをどう楽しみかに、今回の出張の醍醐味があります。(わくわく)
インドネシアは日本との時差がマイナス2時間です。
日本が朝の10時の時、現地は朝の8時です。
2年前に行ったガテマラ、コスタリカは時差が8時間あったのですが、
今回は時差ぼけの心配はありません。助かりました。
現地通貨はルピアです。100ルピアが1円くらいです。
10000ルピアが100円ですね。
お札の写真を撮ってくるのを忘れましたが、やたらと「0」が多く
いちいち頭の中で換算していました。「0」を2つ取ると日本円です。
チップの習慣はありませんが、ホテル等で特別の用事を頼んだときなどには
3000~5000ルピア(30円~50円)を渡します。
成田空港から8時間でジャカルタに到着です。
今回はJALを利用しました。搭乗員にインドネシア系の方が多く、乗客も現地の方を
多く見かけました。搭乗中は半分寝て、半分はぼーっとしていました。
座席の前にテレビ画面があり、映画を見ることが出来ましたので退屈はしませんでした。
ボーンアルティメイタム、燃えよドラゴン、ガンダム、フラガールなどを片っ端から見ました。
フラガールは思わずほろっと来てしまいました。
ジャカルタは曇っていました。雷が遠くで鳴っています。
とても蒸し暑く、じとーーーと汗が出てきます。
入国審査の前に短期ビザを10ドル(何故かドル)で購入します。
今回は農園見学ですから、ビジネスではありません。
入国審査後、空港のすぐ隣にあるホテルにチェックインし、夕食に出かけました。
車での移動でしたが、「白タク」です。事前に値段交渉をします。
移動中はたばこを吸わずにおいてくれたので助かりました。
40分ほど移動し、インドネシア料理を食べお土産物屋さんに寄り
ホテルへ帰還。さて明日は何時起き? なんと4時起床です。
お休みなさい。いつになったらコーヒーの話が出てくることでしょう?
その2
1月27日日曜日
今日はハードな日程です。
朝4時起床。ホテルに頼んでおいたモーニングコールは鳴りませんでした。(笑い)
自前で用意した目覚まし時計で目を覚まし、シャワーを浴びて(バスタブはありませんでした)
バイキング方式の朝食を食べ(コーヒーはまずい!!)
空港へ移動、ショッピングモールを見学しながら時間つぶし。
スターバックスがありました。どこにでもあります。
途中でお土産物を買う余裕も時間もないと教えられていたので、
早速物色開始!!
その後空港でチェックイン。
係の人に預ける荷物に黄色いビニールのひもを巻き付けてもらいます。
インドネシアはイスラム教の方達が多い国です。
空港、ホテルロビー、ホテルの部屋、公共施設などの天井には必ず
矢印が書かれています。
これはメッカの方向を指し示します。
礼拝の時間になると、これも至る所にある礼拝の小部屋(3畳くらい)で
お祈りを捧げます。
とても神聖な場所なので、写真を撮ることは控えました。
女性でスカーフをしている方を見かけます。
「女性は、夫だけに仕える者で、それ以外の男性の前では、男性を刺激するような格好は
宗教的に禁じられている」からだそうですが、このスカーフを被るか被らないかは
本人が決めるそうです。但し、一度被ったら止められません。
母親が被っている家庭はだいたい娘さんも被るそうです。
さて、インドネシアガルーダ航空で約2時間20分の旅で
スマトラ島の北部の都市、「メダン」に到着。
メダンの空港では、飛行機に預けておいた荷物がこのテーブルで出てきますが、
なんと持ち主が早く取らないと、下に落ちてしまいます。
ターンテーブルではなく一方通行です。(笑い)
ここで現地のシッパー(輸出業者)さんと合流。
地図を手に入れるため、ショッピングモールへ移動。
ここのモールには、SOGOが入っていました。
恐るべしジャパニーズ!!(笑い)
書店でスマトラ島の地図を購入。
ちょっと見て回ると、なんと日本の漫画本が積み上げられています。
もちろんインドネシア語です。
ドラえもんとコナンを買ってきました。
町ではバイクの横に座席を付けたタクシーがぶんぶん走っていました。
値段交渉をしてから乗り込むそうです。
その後昼食を取りましたが、インドネシアは結婚式の時に
友人達が写真のような花で作ったお祝いを飾るそうです。(今のはやり?)
お値段は4、000、000ルピア(4万円程度)と言っていました。
そしていよいよ現地に向かって出発です。
午後はメダンからレンタカーで4時間半の移動です。
アスファルトの道ではなく、コンクリートの道でした。
この道は至る所で穴ぼこだらけです。
100kmくらいの速度で突っ走ります。
暇さえあればクラクションを鳴らし、追い越しをかけます。
最初は手に汗を握りましたが、慣れてくると普通になってしまいました。
途中の道に、油ヤシが植えられていました。ゴムと並んでインドネシアの
特産品です。
パラパットに近づくにつれて、イスラムの土地からキリスト教の地に変わっていきます。
お墓に十字架の印が書かれています。
かつては、この宗教の違いにより、血が流されました。
キリスト教信者たちがインドネシアからの独立を目指しました。
土地の人に聞いた話では、スマトラ島の地震の時に政府がキリスト教信者の
多い土地の復興に力を入れたことで、両者が歩み寄りを始めたそうです。
夕刻にパラパットのホテルに着きました。
ホテルもそうですが、家の屋根の形が独特です。
聞くところでは、船の屋根をかたどっているそうです。
遠い昔、祖先は船で海を渡ってきた。という事を
表しているそうです。
夕食後にマンデリンの栽培等について二時間ほどレクチャーを
受けました。
いよいよ明日は、マンデリンとご対面です。
その3
2008年1月28日月曜日
いよいよ現地に出発です。
途中でガソリンスタンドに寄りましたが、
HONDA製のバイクがありました。
近くに小学校がありました。
カメラを向けると校庭中の子供達が集まってきました。
2時間後にリントン地区に入りました。
標高も上がり、1300mくらいです。
当店のマンデリンを生産している農家さんの一つを
訪問しました。
農園を見て驚いたのは、コーヒーの木の生育環境です。
樹齢30-40年の在来種が現役で生えています。
そして、地面が腐葉土で覆われ、踏み込むとふわふわします。
この木はどこの農家さんでもあるわけではなく、この地区でも
数えるくらいの数しかないそうです。
しかもどの農家さんがどういう木を持っているのかは、
秘中の秘だそうで、集荷業者も地元出身の人でないと知らないらしいです。
在来種ではなく、改良種もありますが、実の成りがいいのですが、すぐに
活力がなくなってしまうとのことでした。
木も背が高く、枝が柳のように地面まで垂れ下がっています。
幹も太くコーヒーの木とは思えません。
品種はティピカ種です。ティピカ種の葉は若い葉が茶色っぽいのが特徴です。
種子の粒が大きく、口入れるととっても甘かった!
インドネシアの農家は農園を持っていません。
コーヒー豆だけを作っているところもあれば、他のものも作っている
農家もあるようです。
コーヒーの品種も混在していて、おおざっぱにマンデリンとして
流通したいるそうです。
ですから、単一品種のいい豆だけを手に入れられるかが問題となるわけです。
インドネシアのコーヒー生産者の平均所有農地は、0.8ヘクタール
だそうです。一年間の平均収穫量は生豆で500kgくらいだそうです。
チェリーの状態で約2トン程度です。
家族経営です。
インドネシアのコーヒーは分業制です。
農家はチェリーを摘んで、実を剥き、種子を洗います。
それを集荷業者が各農家から集め、ある程度まで精製をし、
それを輸出業者に渡します。輸出業者が最終の乾燥、ハンドピック、スクリーン
などの行程を掛け、輸出します。
農家は摘んできたチェリーをこの機械を使って実を剥きます。
手動の機械で、おもしろいように実が剥けました。
これで終わり
その日の内に、アチェに移動です。
朝ホテルから2時間車に揺られ、農家さんを訪ね、
そして、また2時間かけてパラパットへ戻り、そして今度は
4時間半かけてアチェに戻りました。
8時間半の車移動は、ぐったりしましたが、そこは若いので(!!)
大丈夫です。
レストランで食事をして、ホテルへ移動しました。
そこでトラブル発生!!
移動に使っていたマイクロバスの荷物入れが開きません!!
鍵が壊れてしまったようです。
とりあえずチェックインだけして、待つこと30分。無事
荷物を取り出すことが出来ました。
その夜はぐっすり眠れました。
さて、翌日は輸出業者さんの作業所へ移動です。
外ではアフリカンベットと呼ばれる、棚の上でコーヒー豆が
干されています。
乾燥にムラが出ないように、時々かき混ぜます。
いくつかの行程を終えたあと、ハンドピックにかけられます。
40名以上の女性が豆をチェックし、駄目な豆をはじいていきます。
当店の豆の凄いところの一つに、このハンドピックの正確さがあります。
何回ハンドピックしたか、ではなく、時間が掛かってもいいから
丁寧に正確にハンドピックを行うというポリシーが貫かれています。
女性達は近所の主婦だそうです。明るく笑い声が絶えません。
その後はかりにかけ10kgずつ袋に入れられます。
この袋はヤシの葉で編んであります。
これも女性が畳針のような大きな針で、口を縫い付けていました。
そして3つずつ箱に入れ、出荷です。
これが3月末に当店に届きます。
これで今回の報告を終了します。
「いい木があり、しっかりと管理された農場で、それぞれの行程に人間の目が入り、
精製がしっかり行われている」この豆は、まさに宝物だと感じました。
現地の皆さん本当にありがとうございます。
大切に扱わせていただきます。感謝!!
そして皆さんお疲れ様でした!!